この著者にしてこの書あり

風詠社の出版物と著者の紹介
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この著者にしてこの書あり31
教師として、文芸部顧問として歩んできた自画像

汐海治美さん「詩集 学校という場所で」
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この著者にしてこの書あり17
孫だからこそできた、祖父の生涯の発掘

西井易穂 「近代医学への道を歩んだ 西井格太郎の生涯」



西井 易穂(にしい やすほ)氏は1934年2月生まれ。
宇治山田高校卒業後、大阪大学薬学部入学、1960年同大学院修士課程終了。中外製薬(株)入社。
研究畑一筋を歩み、1985年同社応用研究所長就任、1992年医薬企画第二部長、1993年同社取締役、1995年顧問、その後東京農業大学客員教授、埼玉医科大学客員教授を歴任して2008年引退。
医学博士、日本ビタミン学会賞、日木骨代謝学会特別賞、ビタミンDワークショップ賞受賞。著書には「ビタミンDその新しい流れ」「カルシウムと骨」などがある。

(日本医史学会理事長 酒井シヅ氏の推薦文)
この本は、幕末の混乱の世に生まれ、明治維新で世の中がすっかり変わってしまった時代
に苦労して医者になった人の物語です。この頃、日本の医学は漢方から西洋医学に転換し
ました。主人公は代々医者の家に生まれ、豊かな、恵まれた生活のなかで育ちましたが、
幼いときに父親が亡くなり、新時代の激動の中、家運は傾き、たいへんな苦労がはじまり
ました。
この本の特長は、有名な両家河口呉川によって、主人公が幼いときから修業時代をへて、
立派な医者になって世の中で活躍したときまで描いた絵物語がもとになっていることで
す。それは恵まれた幼年時代から没落していく生活、医者になろうと奮起し、困難に出会
う少年時代、医者になって成功した人生を物語ったものです。絵巻物から当時の様子をっ
ぶらに知ることができます。
少年はただ苦労して学ぶだけでなく、いろいろな人と出会い、
精神的に成長していく様子もみえます。明治初年の教育制度が成立していない時代につい
てたくさんのことを知ることができます。さらに著者が主人公西井格太郎の生涯を、残さ
れた記録をもとにくわしく述べて絵物語を補足している本です。
この本は、たいへん珍しい史料でつづられた貴重な本です。

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この著者にしてこの書あり16 
四半世紀にわたり書き続けられた多彩な表情のエッセイ

細田ヒロ氏 「風のたより‐背景、あなたに‐」





細田氏は1946年埼玉県生まれ。
明治大学大学院修了。現在、ゲオ研究所代表取締役。法政大学兼任講師。
「森のミュージアム・ヴィエント」のコーヒーじじい。「ヒュッテみさやま」の小屋番人。埼玉県・群馬県の公立高等学校に永く勤務。1989年米国ピッツバーグ大学州知事校(G.S.I.S.)客員講師。
著書:「ヴィエント・風の森から」中央公論事業出版、「風吹く峠」紙鳶社、「東部ヒマラヤ紀行報告’80-‘81」アサヒ印刷、以下共著・部分著「多摩市の自然」多摩市、「砂漠・水・人間」法政大学、「百名山の自然学」古今書院、高等学校教科書「新地理A」清水書院など。

長年教員生活を続けてきた著者が、四半世紀にわたり発信してきた、
野生からの視点。生物らしく、いさぎよく生きよと―
きままな風に載せて
今日目覚めたあなたに贈る
甘くて辛口なエッセイ。

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この著者にしてこの書あり 15
孫に与えた手作りの絵本

かわはら えいもん 「はっぱさん またね!」「はっぱさん どろんこ」



昭和13年5月、京都生まれの71歳のかわはらさんは、美大出身です。
本書はかわいい孫を楽しませようと、切り絵を造り、影絵として写真撮影して構成された
手作りの絵本が元になりました。
小さな「葉っぱ」さんが、自然の中で太陽や雨や風、虫などと出会いながら、
お互いに恵みを与え共生するおはなし(はっぱさん またね!)。
雨上がりの公園で、はっぱさんが、どろ遊びでお団子やケーキ、りんごや魚などを作り、
創造力を発揮するおはなし(はっぱさん どろんこ)。
シンプルなストーリーはモノトーンの影絵とマッチし、
その雰囲気はまるで昔懐かしい幻灯会。
かわはらさんの、孫やその同世代へのメッセージが込められた絵本です。

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この著者にしてこの書あり11
山男は歩き、見て、考えた

 

大谷和男 『上海駐在員が歩いた中国』

著者大谷和男さんは、一昨年『千島列島の山を目指して』を出版されたときお会いした。
日本国内のみならずカムチャッカ半島や千島列島の山にも足跡をしるす大谷さんは、
背が高く頑丈そうだが物静かで、山男らしい強い意志を秘めた方のようにお見受けした。
そのとき、「会社の仕事で中国に赴任中で、一時帰国」しているとのことだったが、
2008年4月に3年3ヵ月にわたる中国駐在を終え、書き上げられたのが本書。

「本当は山旅の本を書きたかった」と、はじめにに述べられているが、
本書のサブタイトルは「登山、日本軍の痕跡、上海及びその周辺の田舎」であり、
本格的な登山は、四川省の四姑娘山連峰と、青海省のチーリェンシャンレンロン山脈の
ガンシェンカ雪峰付近の5000メートル級の山に出掛けた2回のみ。
他は上海周辺の水郷めぐりや、旧日本軍の上陸地点や抗日記念館などを訪ねる「重い」経験、そして上海からはるか離れたチベットや新疆ウイグル自治区や雲南省への旅、
3年間で見聞きした事実をもとに中国を考察する文章からなっている。

本書を特徴づけているのは、単なる旅行者としてではなく、ビジネスマンとして仕事を通じて現地の人と接した経験が率直に語られていること、
本多勝一氏の本などから得た知識をもとに、目を塞ぐことなく日本軍の行動の跡を追われていること、
日本人がまだあまり入っていないような5000メートル級の山以外に、上海周辺の100メートルほどの山にも出掛けるほか、水郷の街にもてくてく歩いて出向いておられること、などなどまさに“虫の眼”で上海という街、中国という国を観ておられることだ。
2005年の反日暴動、2008年の農薬入り餃子事件などを目の当たりにした大谷さんは、
本書のあとがきにも書かれているが、中国在住中は、「もう共産党の支配する中国はこりごりだ」と思いながら、「しかしここは冷静に考えなければならない。これから中国がどうなるかは地球全体に関わることである。地球環境問題、化石燃料枯渇問題」「民族間の対立などの問題」に、中国がリーダー的な存在になって貰いたいと言う。
本書からは伝わって来るのは、複雑な思いを抱きながらも「特別な存在」となった中国に対して、率直にものを言おうとする大谷さんの姿勢と、歴史に疎い(すぐに忘れる?)日本人に対する強い危惧の念である。

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この著者にしてこの書あり9
乳ガンの体験から生み出された
命との対話



汐海治美 『詩集 宙ぶらりんの月』

著者汐海治美さんは、仙台在住で、
聖ウルスラ学院英智高等学校の副校長先生であり、
同校の文芸同好会顧問として、生徒と共に詩や俳句を創り、
また詩人武田こうじ氏とポエトリー・リーディングを開催されています。

本書は、昨年秋に乳ガンが発見され11月18日に入院、手術
そして12月初旬に退院するまでの2週間あまりの間に書かれた詩集です。

もう昔みたいに、
一晩うなって一字も書けないなどということもなく
いくらでも言葉は出てくる
それは確かに薄っぺらなのだけど
自分自身の人生がそうであるから仕方がない
生徒にいつも言うように
「この一行は本当に必要か」と自分に問いかけると
「この一行」は恥ずかしそうに身をくねらせて
消えていくのだ

そのうち
一行も残らなくなって
無言のままに、私の人生だけが
立ちすくんでいる


「11月19日(水) 手術の日」の文章から一部抜粋

この詩集は、36ページの「薄い」詩集ですが、
書かれた作品を読めば「薄っぺら」どころか、
濃密な生の息づかいが聞こえてきます。

友よ
私に書く資格はあるか
たかが、乳房一つ失って
書く資格はあるか
何かと引き換えに
神々しいものを
受け取る人もいる


「11月22日(土)」より一部抜粋

自らの命と向き合う非日常の体験は、
詩人をして、他者にも命の手触りを感じさせる見事な詩を紡がせた、
と言えるのではないでしょうか。
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この著者にしてこの書あり10
若々しい精神と旅の関係



坂本秀勝 『ケニー坂本のカルチャーショック』

著者坂本秀勝さんは、岐阜県在住で、進学塾「志門塾」に勤務しながら、1998年から世界各地を旅し、その体験記をブログに書いてこられた。その集大成とも言えるのが本書の出版。
年齢は明らかにされていないが、本の表紙に使われた塾の生徒に囲まれた写真を見ると、「AROUND 40」? しかし文章がはつらつとして、若々しい精神が文章にみなぎっているのが感じられます。十代の生徒たちとのふれ合い、世界を見てのカルチャーショック、旅をするから若いのか、若いからこそ旅なのか・・・?
いずれにしても、本書の第一章に収められている、日本語教師としてアメリカ・ジョージア州で過ごした日々が、その後のカルチャーショックの旅のきっかけとなっているようです。
1998年からは毎年のように世界に旅立ち、第二章で紹介された旅は、中国(1998)、ホノルルマラソンへの参加(2001)、元同僚の友を訪ねてミシシッピ州・メンフィス(2002)、ノルウェー(2002)、ベトナム(2003)バルト三国(2004)、インド(2005)、コスタリカ(2007)、ドバイ、トルコ(2007)インドネシア・パプア(2008)・・・。
このようなバイタリティーあふれる先生と接している志門塾の生徒は、外国がごくごく身近に感じるでしょうし、彼らの中から世界を股にかけて活躍する人物が数多く誕生するのでは?
しかし、英語が話せるのは羨ましい限りです。
ところで、出版の世界においては、旅行記をはじめとした体験記・ノンフィクションは、プロの作家とそうでない著者との、垣根が低いジャンルと言えます。誰も行ったことのない場所、珍しい出来事、感動の出会い・・・などは、体験した人でないと書けませんから。
文章力はあった方が良いのは当然ですが、多少拙くても(おっと、坂本さんの文章は活き活きとした良い文章ですよ!)それをおぎなって余りある体験が丁寧に書かれていれば、問題なしです。
1984年2月、厳冬のマッキンリーに消えた冒険家植村直己さんは、『青春を山に賭けて』(文藝春秋)をはじめ、何冊も本を出版されていますが、文筆家としては「プロ」ではなかった。しかし、前人未踏の冒険、土地の人とのふれ合いなどが書かれた作品は彼の人柄がにじみ出ていて、職業作家にはない味わいを持った文章だったと思います。

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この著者にしてこの書あり8
近代史を背景に人間の業を見据える



三宅徹児『カルマ』


前著『スイサイドホテル』では、北関東のホテルを舞台に、
そこを訪れる人々の人間模様が描かれていました。
本書は、明治、大正、昭和そして平成に至る日本の激動の時代を背景に、
革命のため生地ウラジーミルを逃れたロシア貴族の血を引く美貌の女性、
貴美子が主人公で、彼女をめぐる様々な人間の業が陰影豊かに描かれます。

著者は1950年、福岡県北九州市のお生まれですから、
戦争を知らない団塊世代ですが、
本書の前半に紙幅を費やし描かれた戦前・戦中・戦後の中国や日本社会の情景は生々しく、著者のこの時代への関心の高さが伺えます。
「昭和20年8月9日、長崎に落とされた原爆は、著者の故郷の小倉に投下される予定だった」という事実も文中に語られますが、
偶然の積み重なりで分かれる人々の生と死、
そしてまた、親から子へとDNA及び環境を通じて引き継がれる人の「業」というもの。

個人を超えたところにある人間の運命というものに対する著者の探求心は、
尽きることがなく、新しい「物語」を生み出す原動力となっているようです。

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この著者にしてこの書あり7
作品から伺える人生の厚み 
温水ひなた 『絆』

著者温水ひなたさんは、1951年大阪でお生まれとのこと。50代にして本書が初めての著書となりました。人生経験に裏打ちされた心理描写、生活のディテールが描かれ、若書きの作品では味わえない小説の厚みを感じさせられます。
全体の構成も工夫されており、中編3編の連作で主人公は、第一話 負の連鎖は真希、第二話 自由の代価は朝香、第三話 魂の系譜は郁子という女性ですが、第一話には朝香と郁子が伏線のように登場し、第二話には真希と郁子、第三話には真希が登場し、人間の相関図が見えるようになっています。
この作品に描かれているのは、ある意味では我々の周囲に見られる人間の典型であり、読者は、これら登場人物が交わす言葉に、「いるいる!こんなものの言い方をする人」「こんな嫌なヤツには、一泡ふかせてやれ!」と、ついつい自らの人生を仮託してしまいます。このような典型を造形するという作業は、幅広い人生経験と人間の心を洞察する力がなければ、為し得ないと思われます。
ところで、テレビなどで関西弁がずいぶんと幅を利かせていますが、本書は特定の地名は登場せず、会話も標準語的な表現になっています。小説で、方言の味わいを巧みに活かした作品も多くありますが、温水さんは、敢えて方言のニュアンスに寄りかかるのではなく、より幅広い読者を想定し、普遍的なテーマに普遍的な言葉で切り込んでいく手法を選ばれたのではないでしょうか。
すでに、第2作に着手しておられるようですので、今度はどんな人間が描かれるのか、楽しみに待っています。

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この著者にしてこの書あり6
まだまだ創作やめられない!!



谷本亮輔 『大元気箱2 まだまだ人間やめられない』

前に、この欄で紹介した谷本亮輔さんの『大元気箱』第2弾。
カバー装画、本文挿絵に、谷本さんが畏敬する大学の先輩・造形作家播磨正一氏の
ご協力を得て、一作目よりさらに楽しい『大元気箱』になっています。

「定年後きっぱりやめたのは週一回の休肝日。始めたのはパソコン。人生を豊かにしてくれた山と旅と酒と音楽・・・」
70歳を過ぎてなお、人生はお祭りだ! (帯文)

またも谷本節サクレツ。
楽しんで、考えて、しんみりして、笑って――
これぞ「おもしろくて、だめになる本!!」
 
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